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横浜地方裁判所 昭和29年(ヨ)800号 決定

申請人 平野団十郎 外六名

被申請人 国

主文

被申請人が、申請人高梨に対して昭和二十八年八月十九日、同平野、加藤、鴨志田、小林に対して同月二十六日になした各解雇の意思表示の効力を仮りに停止する。

申請人山口、峯村の本件申請はいずれもこれを却下する。

(注、無保証)

理由

疏明によれば「申請人等は、いずれも被申請人に雇傭され、横浜市中区扇町にある米駐留軍陸上輸送部隊に勤務し、且つ申請人平野は右部隊の従業員をもつて組織する労働組合、全駐留軍労働組合神奈川地区本部陸上輸送部隊支部の執行委員長、加藤は執行委員(後記の昭和二十八年七月の本件争議当時は闘争委員)、山口は書記長(本件争議当時は闘争委員会の書記長)、高梨及び鴨志田は職場委員(尚高梨は本件争議当時は、青年行動隊副隊長)、小林は副執行委員長(本件争議当時は青年行動隊長)として、それぞれ組合活動をしていたものであるが、昭和二十八年七月二十八日、申請人等所属の右組合では、日米労務基本契約米軍案反対、その他二十数項目の要求を掲げて三日間のストライキを行つた。これに対し部隊では同月二十八日から作業所閉鎖を以て対抗したので、事態は険悪となり翌二十九日の午後六時過頃においては、部隊の運転手渡辺飯他五名(いずれも非組合員か又は争議に参加しない組合員)が米駐留軍軍人軍属を輸送するため、横浜駅に向つて、各バスを運転して部隊通用門を出ようとした際、附近でピケツトラインをはつていた組合員約三十名の中、或る者は前示渡辺飯の運転するバスの前路上に寝転び、或る者は旗竿を右自動車の運転台に突込んだりしてバスを停めた上或る者はバス内に乗りこんで、前示渡辺飯を押し出して道路上に転落負傷させてその運転が出来ないようにしたという暴力事件の発生もあつたが、八月一日以降、軍、神奈川県知事(特別調達庁設置法第九条、第十条、昭和二十九年政令第百二十四号、地方自治法第百四十八条の規定に基づいて、神奈川県内における駐留軍の労務に従事する者の雇入、提供、解雇、労務の管理等に関する国の事務を国から委任されて執行する者)及び組合の三者会談が行われ、同月四日の会談で紛争は遂に妥結し、八月五日午前六時を以て、組合はストライキ態勢を解き、軍もロツクアウトを解除して争議は解決した」こと、そして「被申請人は、その後高梨に対し、同月十九日山口に対し二十二日、小林、平野、鴨志田、加藤に対し同月二十六日、峯村に対し同月二十八日にそれぞれ解雇の意思表示をなしたが、その理由とされている事項は左記のとおりである」ことが、一応認められる。

(1)  平野については

〈イ〉  昭和二十八年八月五日から七日まで、同月十日から十五日まで、いずれも無許可欠勤をしたこと。

〈ロ〉  前示七月二十九日の部隊通用門前の暴力事件についての組合執行委員長としての責任。

〈ハ〉  前示七月二十八日からのストライキ開始についての労働協約違反の責任。

(2)  小林については

〈イ〉  昭和二十八年八月五日から十四日まで、及び十七日無許可欠勤したこと。

〈ロ〉  前示七月二十九日の部隊通用門前の暴力事件に参加したこと。

(3)  山口倉吉については

〈イ〉  前示七月二十九日午前六時四十五分頃、部隊内において米軍マーチヤント大尉の腕をとらえ、危害を加える意思を示したこと。

〈ロ〉  同日の前示暴力事件に参加したこと。

〈ハ〉  昭和二十八年八月十四日迄無許可欠勤したこと。

(4)  加藤景一については

〈イ〉  昭和二十八年八月五日から十七日迄無許可欠勤したこと。

〈ロ〉  同年七月四日、勤務をすべき旨定められたに拘らず出勤しなかつたこと。

〈ハ〉  同月十七日勤務を怠り、山猫争議に参加したこと。

〈ニ〉  前示七月二十九日の暴行事件に参加したこと。

(5)  高梨喜久治については

〈イ〉  昭和二十八年八月五日から十九日まで無許可欠勤をしたこと。

〈ロ〉  同年七月四日勤務すべき旨の指定があつたに拘らず出勤しなかつたこと。

〈ハ〉  同月二十九日の暴力事件に参加したこと。

(6)  鴨志田利之については

〈イ〉  昭和二十八年八月五日から十九日迄無許可欠勤をしたこと。

〈ロ〉  同年四月二十七日十八時五分にAFFE本部に着くべきバスを誤つてスケジユールより五分遅れて到着させたこと。

〈ハ〉  前示七月二十九日の暴力事件に参加したこと。

(7)  峯村省三については

〈イ〉  昭和二十八年七月四日勤務に服すべき旨の命令をうけていたにも拘らず無許可欠勤をしたこと。

〈ロ〉  前示七月二十九日の暴力事件に参加したこと。

ところで、申請人等は、同人等に対する本件解雇の理由は、いずれも事実に相違し、又は処分ずみのことに属するか、さもなければ、解雇の理由としてとりあげるに足りない些細なことであつて、結局本件解雇はその根拠に乏しく、むしろ、申請人等がいずれも前示の各地位にあつて活発な組合活動をしていたことを実質的理由とするものであるから、本件各解雇は不当労働行為であつて無効であるというので、以下この点について判断する。

(1)  申請人平野について

疏明によれば、昭和二十八年七月十八日、前示の本件ストライキに入るに先ち、横浜渉外管理事務所長宛に、「一九五三年七月十八日以降ストライキに突入する。但し実施の日時についてはその都度通告する。」旨を通知したる後、同月二十八日前示の本件ストライキに入つたものであり、而も、右二十八日は前示七月十八日から起算して全国駐留軍労働組合と特別調達庁長官との間に締結された労働協約第二十七条の二所定の制限期間後(争議を行うには、中央においては五日、地方においては二日前に文書によつて通知すべき義務がある)であることが一応認められるから、本件ストライキ開始にあたつて所定の期間を守らなかつた違法はなく、又疏明によれば、本件ストライキ開始前の七月二十七日本件争議解決のために、軍、知事及び組合の三者会談が行われたことが一応認められるが、右の三者会談は、前掲の本件労働協約第三章所定の労働協議会(協約第二十六条第二十七条によれば、下部の協議会で協議が一致しないときは、更に上部機関において協議すべく、直ちにストライキは行いえない定めとなつている)とみることはできず、むしろ協約第九条に基いて、調達庁側と全駐労側が協議の上設置するところの特別機関にすぎないことが一応認められるから、右三者会談に成功しなかつたからといつて、直ちにストライキに入ることはできず、協約第二十六条に基いて上部機関に移管して解決を図るべきだという結論にはならない。したがつて、本件ストライキの開始については、申請人平野の解雇理由において、被申請人の指摘する労働協約のいずれの点においても違反はない。次に、前掲七月二十九日の部隊通用門前における本件暴力事件も、たまたま、附近にピケツトラインを張つていた組合員によつて、突発的に惹起されたものであることが疎明されるのみならず、平野が右現場に居合わせていたことの疎明がないから同人が本件争議についての組合側の最高責任者たる執行委員長の地位にあつたものであるとしても、かような一部組合員の惹き起した突発的事件についてまで、その責を負わせることは不当である。なお、昭和二十八年八月五日午前六時、前示の本件争議が解決し、軍側の作業所閉鎖がとかれたが、平野はたまたま前日からその日の午前七時までの夜勤にあたつていたために、当日六時から七時まで一時間の勤務時間があつたが、かようなばあい、勤務に就かないことは従来の慣行上黙認されていたのでその残りの勤務時間は勤務せず、又、翌六日は当時の衆議院労働委員会から証人として喚問されていたので、従来の慣例に従い、その前日フオーマンに口頭連絡のうえ欠勤し、翌七日も、前日の国会における証言が午後六時頃までつづいたので、前同様、前日六日午後八時頃、フオーマンに連絡のうえ欠勤したことが、それぞれ疎明される。又疎明によれば平野は昭和二十八年八月十日より十五日まで欠勤したが、右は平野が、平和連絡会議代表乗船者として、当時行われていた大陸からの引揚者の輸送船に乗り込んで引揚者の世話をすることになつたために、同年七月頃、部隊の責任将校に右の事情を話して許可をえたものであつて、その許可を得た当時は一応欠勤の時期を右七月中と申出はしたけれども、情勢の変化により、引揚が遅れて八月になつたので、欠勤届を提出した上前示八月十日から十五日まで欠勤したことがうかがわれる。そしてかようなばあい、右八月に、あらためて欠勤の許可を求めなかつたとしても、既に前月の七月に許可がなされ、しかもこれを撤回すべき特段の事情の認められないようなばあい、前示欠勤(八月十日から十五日まで)が許可されるものと思うのは当然で、これを以て直ちに職場の秩序をみだしたものとは断じがたい。したがつて平野について被申請人のあげる解雇の理由はいずれもその根拠にとぼしいという結論に到達せざるを得ない。

(2)  申請人加藤について

疎明によれば、申請人加藤は、昭和二十八年八月五日から十五日まで欠勤したが、右欠勤については従来の慣行に従い、フオーマンを通じて届出ずみであることが一応認められるばかりでなく、右欠勤は、前示の本件暴力事件の被疑者として申請人加藤に対して逮捕状が発せられ、司直の追及をうけることになつたので、これを免れんがためになしたものであるが、その後の取調の結果によると、加藤は起訴されず、また起訴された他の申請人の多くの者も無罪の裁判をうけたことが疎明される。したがつて、かような事実に徴すれば、右逮捕状において逮捕の理由とされているところの、名を争議行為にかりて、暴力を以て部隊の正当な業務の遂行を妨害したという事実は結局存在しないが、又はあえて問題とするに足りない事実であつたことが一応推測できるから、かような事情の下においては、加藤等申請人において司直の追及を免れようとする行為に出たとしても多く非難することはできないし、従来の一般の欠勤のばあいと同じく前掲のように届出をしているのであるから、その上加えて、部隊の当該責任者の許可を得た後欠勤すべきことをまで要求することは酷であるといわなければならない。尚疎明によれば、加藤は昭和二十八年七月十四日、一部組合員とともに所謂山猫争議に参加したこと、及び同年七月四日の部隊軍休日に勤務を命ぜられていたにも拘らず欠勤したことが一応認められるが、右の所為については既に譴責処分に附されていることが窺われるのであつて、それらの事情を併せ考えても、未だ以て解雇をなすべき理由があつたとは認めがたい。

(3)  申請人高梨について

疎明によれば、昭和二十八年七月四日は軍休日であつて、高梨はとくに休日出勤をするように、指定されていたが、当日はかねてから国会に陳情にゆくことになつていたので、予めフオーマンに届出をして欠勤したことが一応認められ、又昭和二十八年八月五日から十五日まで前示加藤と同様、逮捕を免れるために欠勤したことが疎明されるが、その必ずしも問責することのできないことは申請人加藤の解雇理由に関する前掲判示のとおりであり、且つ昭和二十八年八月二十九日の本件暴力事件については、高梨が参加したことの疎明がない(高梨は同事件で起訴されたが、一、二審裁判所で無罪の判決をうけた)したがつて被申請人のあげる高梨の解雇理由はそのいずれの点から考えても首肯することができない。

(4)  申請人鴨志田、小林について

疎明によれば、鴨志田は、昭和二十八年八月五日より同月十九日まで、小林は八月五日より同月十七日までそれぞれ無許可欠勤をしたことが一応認められるが、その必ずしも責めることのできないことは申請人加藤の解雇理由についての判示部分でのべたとおりであり、(小林は前記暴力事件で不起訴、鴨志田は一、二審裁判所で無罪の判決をうけた)又被申請人のあげる申請人鴨志田についてのその余の解雇理由中、前掲一、(6)、〈ロ〉の事実は既に譴責処分に付せられて処分ずみのことであり、同じく、一、(6)〈ハ〉及び申請人小林に関する前掲一、(2)、〈ロ〉の各事実についてはその疎明がない。したがつて、右両名に対する本件解雇はいずれもその根拠を認めることができない。

(5)  申請人山口について

疎明によれば、前示八月二十九日の本件暴力事件の当時、山口もその現場に居合わせていたものであり、而も暴力行為に出た二名の組合員は裁判の結果有罪の判決言渡をうけるにいたり、山口自身も一審裁判所では無罪の判決をうけたが二審裁判所では暴力業務妨害罪により有罪の判決をうけたことが一応認められる。かようなばあい、組合の書記長たる山口としては自らが違法の行為に出るべきでないのは勿論、さらに他の組合員の争議行為が違法にわたらないよう指導すべき立場にあつたものであるから、これらの違法な争議行為について、その責を免れることはできない。したがつてこの責任を追及してなされた解雇の意思表示は正当なものと認める外はなく同人が組合の書記長として活溌な組合活動をしていたが故になされたものとは断じがたい。

(6)  申請人峯村について

疎明によれば、峯村は、昭和二十八年八月二十九日の本件暴力事件において、組合員数名とともに前掲渡辺飯の運転するバスに乗り込み、車外の組合員と相呼応して、右渡辺飯を運転台から車外に押し出して、道路上に転落せしめる等の暴力を加えなどして違法な争議行為に出た(同人は一審裁判所では無罪となつたが、二審裁判所では威力業務妨害罪と暴行罪により有罪の判決をうけた)ことが一応認められるが、かかる事実に、疎明によつて一応認められる昭和二十八年七月四日無断欠勤をして譴責処分をうけた事実を情状として考慮するならば、被申請人の峯村を解雇したのは理由があるものというべく、同人が前記のように活溌な組合活動をしていたが故に解雇されたものとは認めがたい。

以上認定のとおり、申請人山口、峯村以外の各申請人に対する解雇はいずれもその根拠に乏しく、前示のとおり同人等がそれぞれ組合役員として活溌な組合活動をしていた事実を考慮すれば、同人等に対する各解雇の意思表示は、その故になされたと認めるを相当とすべく、不当労働行為として同人等に対する解雇は無効と云うべきである。また現下の社会事情の下において、他人に雇傭されて労働することによつて生活を維持している労働者が、解雇によつてその職を失うことは、継続する権利関係において著しい損害を生ずるものというべきであるから、同人等の本件申請はその理由があり、これを認容すべきものである。また申請人山口、峯村については、同人等の不当労働行為の主張は前示のように失当であり、且つ保証を以て疎明に代えることも相当でないと認められるので、同人等の本件申請は、結局その理由がないから、これを却下することとする。

なお、被申請人等(山口、峯村を除く)の多くは、本件解雇後他に稼働するなどして或る程度の収入をえていることが疎明されるので、同人等の被申請人に対して本件解雇当時の各平均賃金の支払を求める申請部分については、前示のように解雇の意思表示の効力を停止することによつて、被申請人に任意の履行を期待すれば足り、とくに主文においてこれを命ずる必要を認めない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 山村仁 森文治 小木曽茂)

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